6. アリをペットとして飼育する
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女王アリを捕まえてコロニーをつくる
外で餌をあさっているアリは、観察してみるといろいろおもしろい行動があるが、巣の外で活動している働きアリはコロニーのごく一部で、ほとんどのアリは巣のなかで生活している。むろん、暗い巣のなかはうかがい知ることはできないから、そのためにアリを飼育するわけだが、飼育はそう難しいものではない。手がかからないし、餌代などはただみたいなもので、だんだんコロニーが大きくなっていくのを10年以上も楽しめる。それに、いろいろおもしろい発見もできるはずである。
といって、どの種類のアリでも飼育できるわけではない。東京付近を中心にいえば、いちばん大きいクロオオアリがよく目につくし、扱いやすく、また大きいから観察しやすい。ただし、捕まえ方がある。外をウロウロしている働きアリを何匹捕まえてきても、巣内の生活を再現させることはできない。クロオオアリは北海道から南九州にかけて棲んでいるアリで、関東ローム層なら、2メートル以上も深い巣をつくっていることが多い。
アリの巣 |
巣が深くても、いつもその深いところで生活しているわけではなく、深い部分は暖かいので冬ごもり用、夏になると浅い部分で幼虫を育てている。地表から深さ10-30センチぐらい、横に広がった巣穴なので、小さいシャベルでも掘りやすいだろう。そして、幼虫と働きアリを採集して飼育する。働きアリといっても、幼虫を育てるために、餌を捜して歩いたり、世話をして働くので、幼虫がいなければ、ほとんど餌捜しにも行かずに、じっとしている。だから、働きアリより幼虫を多く採集しておくと、働きアリが仕事に追われて、懸命に活動する姿が見られるわけである。だが、幼虫が繭(まゆ)をつくり、それが蛹(さなぎ)になると、餌もいらなくなって働きアリの仕事はなくなってしまう。ここまで、せいぜい2、3ヵ月の期間である。
したがって、継続的に観察しようとするならば、どうしても女王アリを捕まえて、それを中心とするコロニーを形成させなければならない。だが、浅い巣で生活している夏でも、女王アリを捕まえるのは容易ではない。掘っていくうちに、どんどん深いところに逃げ込んでしまうので、まず捕まえることはむずかしい。そこで、新しい女王アリが巣の外にでる季節をねらうことにする。
夏が過ぎて9月になると、羽アリが誕生するが、これはそのまま越冬して、翌年の春、結婚飛行に飛び立つ。結婚飛行は5月末から6月初めごろに行われるが、天候などの条件がある。
(1)2、3日前に雨が降って、天気が回復に向かってきている。
(2)気温が上昇し、空気中に湿気が残っているせいか、蒸し暑く感じる。
(3)晴れていて、風はない。
こういう日の午後2時過ぎがいよいよ結婚飛行の開始である。クロオオアリの巣を見ているとわかるが、羽アリが巣穴からソワソワと出たり入ったりしているのを、働きアリが「まだ早いよ」といわんばかりに、羽アリを引っ張り込んでいる。ヨーイ、ドンではないが、やはりタイミングというものがあるのだろう。
そのうち、羽アリは巣から出て、巣穴に近い草や葉の上に乗って、今か今かと待ち構えている。地面から飛び立つのもなくはないが、たいてい草の上などからパッと空中に舞い上がる。おもしろいことに、スタートの時間はどの巣も号令をかけたように同じで、あちこちからいっせいに飛び出す。これが4時から5時ごろである。
結婚飛行であっけない交尾を終えた女王アリは、地上に降りると、自分の翅(はね)を切ってしまう。翅は根元近くに切れ目があり、体をひとひねりすると、きれいに取れるしかけになっている。翅を失った女王アリは、地面をノソノソと這って、新居となる巣を捜し廻っているから、そこをねらうわけである。見つけやすいのは、道路の縁で側溝との段差のある場所とか、生垣のやはり段差のあるところ。だが、働きアリを間違えて捕まえては何もならない。クロオオアリの働きアリは「多型」といって、かなり大きいのがいるが、女王アリのほうがずっと大きく、17ミリぐらいある。
いちいちメジャーを持っていって測るわけにもいかないが、女王アリは胸の部分が大きいのが特徴である。働きアリの胸は逆三角形をしているが、女王アリは長楕円形とでもいうか、両脇のラインは平行している。それに、よく見ると翅の跡がある。いうまでもなく、働きアリには翅はない。・・・・・・以上の点を見きわめたうえで、女王アリをそっと採取する。
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「孤独な女王」の子育てと家づくり
女王といっても、結婚飛行後の女王アリは孤独である。ひとりで巣を求めて歩き廻り、石の下などの土を足でかき出して、もぐり込む。直径2センチぐらいの丸い穴をつくると、入り口は土で埋め、あとはじっとして動かない。2週間もするうち卵を10個ほど産むが、餌は取りに行かないので、自分の唾液で孵化した幼虫を育てる。結婚飛行のために翅を動かす筋肉が発達したが、その筋肉が分解されて、唾液の栄養分となっているらしい。栄養が足りないと、まだ孵化しない卵のいくつかを食べてしまうこともある。
卵の発育にむらもあるが、2週間ほどでかえった幼虫は、やがて成長して繭から蛹へと変態する。繭になって2週間後、内部が黒っぽくなって蛹から成虫になろうとしているのがわかるが、アリはカイコのように自分で繭を食い破って出られないので、女王アリが穴をあけてやる。いよいよアリ(働きアリ)の誕生だが、繭からでたばかりの働きアリは、数日間はじっとしているが、やがて餌を取りに巣から出て行く。外の世界は、もう初夏を迎えている。
働きアリは餌を取ってくると、それを口移しで女王アリに食べさせ、さらに女王アリは幼虫に与える。餌をどんどん摂った女王アリは卵巣が発達するから、次々に産卵する。最初の女王アリの唾液で育てられた働きアリは小形だが、餌を与える段階に育ったのは、いくらか大きい。10月の越冬前になると、10ミリぐらいの働きアリが増えている。その間、巣内の働きアリは巣を掘り進め、2、3年もたてば、コロニーも大きく、巣も深くなる。しかし、いちおう完成したコロニーができあがるには、7、8年はかかるようである。
つまり一人前の(成熟した)コロニーというのは、雄と雌(女王)の羽アリが育てられなければならないが、最初のうちは羽アリは誕生しない。それが7、8年たち、コロニーが500匹から1000匹程度になったところで、年1回、羽アリが生まれるようになるのである。
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アリを飼うのに土はないほうがいい
都心では無理だが、郊外に住んでいる人なら、クロオオアリの女王アリを見つけるのはそうむずかしいことではない。ただ欲張って2匹も3匹も捕まえて飼うわけにはいかない。女王アリを何匹か同じところに入れると、すぐに凄絶な殺し合いが始まるので、1匹ずつ別にしなければならない。まれに2匹共存する場合もなくはないが、これは同じ巣から出たのかもしれない。
飼育する容器は、ごく簡単にするなら、キッチンで使う密閉容器でいい。プラスチック製で、上から蓋をする、あれである。ただ観察しやすいように透明なのがいいし、あまり気密になるのはいけない。大きさは弁当箱ぐらい。乾燥すると生きていけないから、皿洗いや入浴に使うスポンジを小さく切って隅に置き、絶えずしめらせておく(水につけ半分ぐらいしぼった程度)。
まもなく産卵し始めるが、産卵後に餌をやるほうが、女王アリの体力回復にもいいし、幼虫の発育もいい。餌はハチミツだが、ハチミツを倍の水で薄め、箸の先につけてポトッと落としてやるだけのことである。容器が汚れないために、アルミ・フォイルを小さく切って、その上にハチミツを落としてやる。ハチミツは水で割ると発酵して変質するので、そのつど新しくつくるのが望ましい。やがて働きアリが10匹から20匹産まれる。
注意するのは、飼育の容器を清潔に保つことである。そのためには、ときどき掃除をしてやらなくてはならないが、一時的に“冬眠”させることにする。容器ごと冷蔵庫に入れると、5℃ぐらいでアリはコロッと死んだようになってしまう。それを同時に冷やしておいた別の容器に、ピンセットか、ちょっと厚い紙の切れはしでもいい、注意深く移してやる。ぐずぐずしているとアリが動き出すので、慎重にかつ迅速に。この移し替えは、餌の残りやアリの排泄物にカビが生えたりするといけないからだが、アリの数が増えてくると、アリの発散する蟻酸などの影響からか、カビが生えなくなる。したがって掃除も年1回ぐらいですむ。
餌はハチミツや砂糖水だけでも育つが、やはり動物性蛋白質が必要である。身近にいるハエ、コオロギ、毛虫などをハチミツと交互に与えると、発育はずっとよくなる。こういう虫は食べやすいように、切りさいて与えたほうがいいだろう。
こうして3年目ぐらいになると、働きアリの数も増えるし、12-13ミリの大形になってくるので、弁当箱程度の密閉容器では手狭になる。大きなコロニーを観察するには、できれば最初から、ちゃんとした飼育箱を作るほうがいい。といっても、小学生でも作れるもので、材料は週刊誌を見開きにしたぐらいの大きさのガラス板(25×35センチ程度)2枚と、模型店やDIY(日曜大工)店で売っている細い角材(8-10ミリ)である。ガラス板はガラス店で買うなら、ついでに縁を怪我をしないように磨いてもらう。下になるガラス板の周囲を木で枠を作り、ガラスと木のくっつく接着剤で固定する。ご参考までに略図で示したが、何もこのとおりにすることはないので、楽しみながら迷路をデザインしていただければいい。
自分で作る「飼育箱」の一例 |
女王アリの居場所は囲んでおき、その近くにスポンジを置くようにするが、自然とスポンジの近くに巣ができるようになる。あとは餌場兼運動場を少し広めにとっておく・・・・・・こんなことぐらいである。むろん、上のガラスは取りはずしができるようにしておくし、密閉容器の場合と同様、掃除のために同じものを、もう1つ作っておきたい。
この飼育箱は「平置き」で、観察するにはいちばんいい。アリは暗い地中にいるのに、そんなガラス張りのものでいいのか、と思うかもしれないが、アリは明るさに馴れると見え、別に支障はない。しかし、直射日光のあたる場所に置いてはいけない。暖かい部屋で、なるべくアリの嫌う振動を与えないこと。できれば、巣になっている部分だけを、ボール紙などで覆ったほうが、アリは落ちつけるだろう。空気はガラス板と木の隙間から自然に流通するので、空気穴などの必要はない。
ガラスと木の飼育箱では、アリ本来の巣らしくない、巣穴を掘っているところが見たい、というならば、パーライトという白い人工土を使う。アリを飼うなら、普通の土のほうが自然におもえるが、土はガラスに付着してきたないし観察の邪魔になること、土に含まれている菌やバクテリアのためにカビが生えやすいこと、この点から実際には不向きである。
パーライトというのは、もともと建築材料で、貝殻を焼いて細かくしたもの。適当に水分を保ち、白い色だから、黒っぽいアリが活動するのが見やすい利点がある。この飼育箱は「縦置き」タイプで、ガラス板2枚合わせたものに、パーライトを半分ぐらい詰める。ガラス板の間隔は1センチぐらいにしておくと、アリがトンネルを掘っていく様子を両側から透けて観察出きるので好都合だろう。ただ、しっかりと縦に立てられるように台をくふうする必要がある。
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ガラスを通して見るアリの世界のさまざま
こういう飼育箱を自分で作って、ずっとアリの生態を観察していると、だんだんアリたちに愛着をおぼえるようになるだろう。・・・・・・最初のうち、女王アリは幼虫に口移しで餌を与えたり、体をなめたり、繭を破ったりと育児に忙しい。だが、働きアリが10匹ぐらいに増えると、育児は任せきりにして、産卵以外の仕事は何もしなくなる。働きアリは外に餌を採りに行くのは、10匹のうち2匹ぐらい。ほかのアリはじっとして口移しで餌をもらい、それを腹に貯えておいて、幼虫を養う。
働きアリで外へ出かけるのは、古く生まれた先輩格のアリで、後輩のアリは巣内で働く。しかし、幼虫の世話はこまめにやるもので、しょっちゅう乾いた場所、湿った場所と移し替えたり、卵、幼虫、繭を分けて置いたりしている。そればかりではない。女王アリの体をなめてきれいにしてやるほか、仲間の働きアリにもサービスをしてやっている。自分でも、触角を絶えず磨いてきれいにしている。
時にはおもしろい実験をしてみよう。ハチミツに赤インキを1滴たらして混ぜておくと、それを摂った働きアリの腹が、関節が伸びてその継ぎ目の部分から赤くなっているのがわかる。さらに、それを与えた幼虫も、ほのかに赤く染まってしまう。また、虫などの餌は半分生かしたまま与えると、働きアリが尻を上げて蟻酸を噴射して息の根を止めようとする様子が観察できよう。また、卵の殻などは1ヵ所に集めておくなど、アリのきれい好きな生活ぶりもうかがえる。
こうして多少の根気と愛情でもって飼ってやれば、コロニーはどんどん栄えて、少なくとも10年ぐらいは寿命がある。私は15年ぐらい大丈夫だと思うが、まだ10年以上飼育した記録はないので、断言できないだけの話である。ときどきルーペで観察していると、アリのしぐさから彼らのコミュニケーションも何となく理解できるような気がするし、触角であたかも話しあっているような姿もかわいらしく、申し分ないペットになるだろう。
アメリカには、アマチュアでアリの飼育に熱中して、家が広いせいもあるだろうが、大仕掛けな飼育箱を作って楽しんでいる人もいる。巣と運動場・餌場を別にして連絡できるようにし、広い運動場には植物を植え込む。ハキリアリなら、葉を食いちぎって巣に運ぶ様子もわかるし、また植物にアブラムシをくっつけておけば、アリが餌を採るのを自然なままに観察できるわけである。
クロオオアリを飼いなれると、ほかのアリの飼育も簡単にできるが、日本ではめずらしい習性のアリを捕まえるのはむずかしい。トゲアリなどは形も色も変わっていておもしろいのだが、これは飼育向きではない。といって、海外からアリを持ち込むことは禁止されている。小さな虫ケラに過ぎないが、種類によっては害虫であるし、万一それがどんどん繁殖したら、退治するのは不可能だからである。