5. コンピュータも止めるアリの害
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“ウサギ小屋”がシロアリを増やしている
シロアリの害については、今さらいうまでもないことだが、場合によっては、普通のアリの害のほうが深刻な影響を与えることもある。が、それについては追い追い述べることにしよう。
・・・・・・シロアリはマイホームの大敵である。まだ住宅ローンも払い終わっていないのに、家の土台がすっかりシロアリにやられたりしたら、泣くにも泣けない気持ちであろう。しかも、シロアリの害は年々増えこそすれ、減る傾向にはない。はっきりした数字はないが、シロアリ駆除を専門とする業者が繁盛しているところを見ると、その需要が増えていることがわかるだろう。
というのも、最近の住宅の建て方が、わざわざシロアリに棲みやすいような環境を提供しているからである。
(1)建材にシロアリの大好物であるベイマツ(米松)をつかっている。― 国産ヒノキなどは希少で高価なため、輸入材のベイマツが多い。安価で、木目も美しいから歓迎されているが、じつはシロアリが最も好む木材である。
どうしても使うなら、シロアリが上がってこないような高いところ、つまり、長押(鴨居)より上の部分なら安全である。
(2)家の周囲が風通しが悪いうえ、湿気も多い。― 狭い敷地をブロック塀で囲えば、風はほとんど通り抜けなくなる。そのうえ植物好きの人が多いせいか、草木をたくさん植え込むから、よけい湿っぽい土地になる。
当然、家の土台付近の材木は湿気を多く含み、シロアリが近づきやすくなる。密集した都会では、なかなか理想どうりにはいかないだろうが、風通しと日当たりのよいことが、シロアリを防ぐ第一歩。庭の隅から庭木を経て家へ、というシロアリの侵入コースは多いのである。
(3)大工の仕事ぶりが良心的でない。―徒弟制度でうるさかった昔は掃除が修業の第一歩、大工の弟子が現場をいつもきれいに掃除していた。ところが、現代では、床下に木っ端やカンナ屑が散らかったりしていて、または燃やさずに、庭に穴を掘って始末したりしている。これがシロアリには絶好の餌になる。
シロアリは人類よりもずっと古くから地球上に棲息している昆虫だが、もともと熱帯産のものだからヨーロッパの中部から北部には棲息せず、その害が問題になったことはない。ヨーロッパと違って木造建築の日本では、縄文や弥生時代の昔から、人間とシロアリは共存してきたわけだが、そのわりにシロアリの被害の話しは聞かない。
奈良や京都には古い寺が多いが、いずれもひろびろとして乾燥した土地で、よりすぐった木材を使ってたてられているから、シロアリも寄りつかないのだろう。それが、明治になって、日本が近代化されるとともに、シロアリの被害が問題化してきた。軍隊が誕生し、各地に兵営や施設ができたが、むろん、当時のことだから木造が主流である。それがシロアリにやられて“内部の敵”の存在がクローズアップされた次第で、シロアリの学問的研究は日露戦争後から進んだ、といわれている。
日露戦争の前の日清戦争で、清国に勝った日本は、台湾を領土として獲得した。台湾には、タイワンシロアリなど10数種類が棲息しているが、長年の生活の知恵で、その被害を防ぐような建て方をしている。つまり、木造建築ならば土台を高くするとかで、私は先年、台湾に行って、古いがっしりした日本統治時代の木造建築を見て、「日本では、台湾での教訓がいかされていないな」と、つくづくかんがえさせられたのであった。
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シロアリはゴキブリ、アリはハチの親戚
シロアリと普通のアリは、色は違うが形は一見似ているし、集団で生活している点もそっくりのようだが、「かなり遠い親戚関係」にあり、共通の祖先から分かれたのは古生代石炭紀(3億5千万年前から2億7千万年前)といわれている。簡単にいえば、シロアリはゴキブリの系統だが、アリはハチの仲間であり、アリのほうが昆虫としては進化したタイプなのである。
シロアリの社会生活はアリと見かけ上似ていて、王と女王アリ、兵隊アリ、働きアリという階級(カースト)に分かれている。よく「家のまわりから羽アリが飛びだしたら、シロアリがいる証拠」というが、これが羽アリの結婚飛行で、雌雄のカップルがしばらく飛んだあと、翅を切って、湿った木に穴を掘って入ってから交尾をする。卵を産み、働きアリが分化して労働を担当するようになると、雌(女王)は産卵に専念して、無数の卵を産み続ける。
日本には15種類のシロアリがいて、代表的なのは、東日本に多いヤマトシロアリと西日本のイエシロアリだが、イエシロアリによる被害の方が大きい。シロアリは熱帯を中心に温帯にかけて2000種類以上もいるが、そのすべてが害虫というわけではなく、餌は枯木や枯枝、落葉、腐葉土、キノコなどで、人間の生活とは関係がないものが多い。アフリカやオーストラリアでは、地上に「シロアリの塔」と呼ばれるほど大きな巣をつくるものもいる。
シロアリの塔と著者(オーストラリアの北部のクインズランド州にあるユーカリの林で) |
日本の場合、高温多湿に加えて木造建築が多いところから、シロアリの害が社会問題化するわけだが、時にはコンクリート、プラスチック、鉛にまで穴をあけることがある。シロアリ駆除剤も年々進歩しているようだが、薬だけで根絶することはむずかしい。前にもいったように、シロアリが発生してからあわてて薬を使うよりも、シロアリが棲みやすい環境を提供しないことが先決だろう。
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シロアリよりやっかいなイエヒメアリ
普通のアリで、シロアリのように木を好むものがいくつかある。木を好むところから、アメリカでは「カーペンター・アンツ」(大工アリ)と呼んでいるが、日本ではムネアカオオアリの種類である。古い材木や腐朽菌などでボロボロになった木に、好んで巣をつくっている。関東地方にもいるが、ほとんど平野部よりも山間部に棲息するので、住宅に被害を与えることは少ない。
もう一つ、クロクサアリというアリは、普通は日あたりの悪い林のなかにいて、自然にできた木のうろなどを巣にしているが、時には農家の使っていない納屋などに住みつくこともある。締め切って空気の流通の悪いところを好むらしく、時には納屋の地面にの上に直接塚状の巣を築き、たまたま「アリの塔を発見」などと、ニュースになることもある。
使わない納屋とか物置きならいいが、家のなかに入り込んで巣をつくるアリがいる。「イエヒメアリ」という小さいアリで、ごく狭い隙間に巣をつくり、餌捜しにときどき出てくる。明るい場所は好まないので、薄暗い台所とか、さもなくば昼間でも目立たない隅を伝わって歩いている。最初は偵察のアリが来て、餌を見つけると巣に戻って知らせ、列をつくってやって来る。雑食性だが、肉食を好むらしく、魚や干物によくたかっている。ごく小食なので、気がついたら魚は骨だけだった、ということはないが、無数のアリが群がっていた食物を、そのまま調理して食べる人はいないだろう。おまけに、このアリは人を咬むことがあるので、肌の柔らかい赤ん坊がやられて大騒ぎになることがある。
イエヒメアリ(針の先から臭物質を出して印をつけ、仲間にエサのありかを知らせる) |
その点、巣の木材から外へ出ないシロアリのほうが、直接に目立った被害をもたらさないだけましかもしれないが、このイエヒメアリ退治がまた、きわめてむずかしい。出てくる働きアリをいくら始末しても、巣ではどんどん新しいアリが誕生する。そのうえこのアリは「多雌」といって、女王アリが1つの巣に10匹から20匹もいるから、その生殖能力たるや大変なもので、ほかのアリの比ではない。
数がどんどん増えれば、女王アリはたくさんいるのだから、別に巣をつくって独立し、ネズミ算式に増える可能性もある。こんなアリに家に棲みつかれたら困るが、デパートや食品工場で、もし食べ物にくっついたら企業の死活問題となろう。また、伝染病患者などもいる病院を、アリがわがもの顔であちこち徘徊したら、これも深刻なことになる。
ところが、このアリの駆除がやっかいで、ゴキブリやダニのように薫蒸剤をたいても駄目。なにしろ、ごく狭い隙間の奥に巣があるから、いくら薫蒸剤の煙でも、そこまでは届かないのである。まったくお手上げというしかない。
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アリのためにマンションを放棄した例も
イエヒメアリは熱帯地方のアリで、エジプトが原産といわれている。原産地は今となっては確かめようもないが、古代から人間の文明の移動とともに、世界中に散らばっていったことは確かである。そして、文明が発達するにつれ、このイエヒメアリはますます人間の生活に入り込んでくるようになる。
昔の日本の住宅は、冷房のない時代だから開放的な「夏向きがいい」とされてきたが、その代わり冬はひどく寒かった。時代劇のセットを見ればわかるように、雪の積もった外と部屋の境は紙の障子一つ、それで暖房は木炭が少しおこっている火鉢だけである。さすがに近代になってからは、雨戸やガラス戸が用いられたが、暖房は依然として貧弱なものだった。こういう外の気温とあまり違わない室内では、熱帯性のイエヒメアリは越冬できなかったのである。
ところが、現代の住宅では、まず戸や窓がサッシで気密性が高くなり、ストーブで真冬でも20数度。高級マンションなら、セントラル・ヒーティングで、冷え込む真夜中でも快適な気温になっている。高級マンションでなくても普通のマンションや公団住宅程度でも、やはり条件はそう変わらない。深夜、暖房を切っても、建物が大きいほど余熱も残っているから、外気と同じまで冷え込むことがない。デパートや大病院のような建物ではなおさらで、イエヒメアリも悠々と冬を過ごすことができるわけである。
だから、一戸建ての住宅よりマンションに被害が多く、一昨年の話だが、ついにマンションを棄てて引っ越したケースが、関西で何例かあった。ところが、荷物にくっついてアリも引っ越すから、また転居先のマンションで・・・・・・ということになりかねない。いくらくわしく引っ越し荷物をてんけんしたとしても、台所の電化製品や備品などの陰にへばりついていたら、発見するのは困難であろう。
東京のさるマンションを調査したところでは、イエヒメアリがどこかの一角に侵入し、8階建ての全室に広まるまで、3年そこそこしかかかっていなかった。ゴキブリのような大きなものでも、ダクトや給排水管などの隙間を伝わって、どんどん上へ、左右へと進出して行く。ましてアリなら、通路は至るところにある。したがって、一軒で駆除しようとしても、その時だけわきへ非難して、また戻って来ることになるし、前にも述べたように、薫蒸剤の煙も届かないところにいるから、まったく効果がない。
それにしても、鉄筋コンクリート建お立派なマンションが、アリの被害に悩まされるなど、当の被害者以外は誰にも信じられないことだろう。この間の事情は、かって満州(中国東北部)に熱帯性のサソリが棲みついていたのと同じである。極寒の満州では、窓は2重窓、床暖房(オンドル)が発達して、冬でも快適に過ごせる。だから、満州や朝鮮半島にサソリが棲みつき、繁殖しているわけだが、日本にも、たまに船の貨物にまぎれて密航してくることはあるが、幸い沖縄以外では、日本の冬は越せない。しかし、住宅の暖房がどんどん発達したら、将来はどうなることかわからないだろう。
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電話機の中にアリの大好きな餌があった
「東京地下鉄(メトロ)殺人事件」という推理小説は、売れっ子の西村京太郎氏の作品だが、地下鉄が停電したのに乗じて重要人物を誘拐するのが物語の核心になっている。変電所の停電事故は人為的に起こされたものなのだが、地下鉄側の公式発表は「アリによって起きたもの」と、なぜか真相が隠蔽されている・・・・・・。
作家というものはいろいろ調べて作品に取り入れるものだ、と感心させられるが、アリによってこういう事故が起きることは、決してフィクションではない。列車のシグナルが作動しなくなる事故が起き、さんざん調べまわった結果、アリが信号機の機械部分に潜入していたため、とわかった。おもに西日本に多かったと思うが、ひんぱんに起こるため、当時の国鉄から助言を求められたことがある。私は信号機の構造は知らないが、たぶん重要な機械の部分にカバーがあり、そこに穴があいているのだろう。その穴をふさぐか、またはアリの入れないような小さい穴にするか、網を張るより防ぎようはないだろう、と答えておいた。その後、改造されたと見え、アリによる事故は聞いていない。
では、アリはなぜ、餌もない機械などに入り込むのであろうか?じつは、機械の可動部分に、絶好の“餌”がある。そこにアリの好むヒマシ油などの植物油が塗ってあるからだ(常識的には鉱物油、考えられるだろうが)。油をなめに隙間から入ったアリが、電気製品の場合には、継電気(リレー)に挟まれてしまう。継電気は電気回路の開閉装置だが、アリによって絶縁不良となると、まったく機能しなくなってしまう。
信号機はこの継電気の複雑な集積のような機械であるが、家庭の冷蔵庫や時計などでも、アリによる絶縁不良事故が多い。ある電気メーカーで、「時計が買ったばかりなのに動かない」というクレームが来て、さっそく新品と交換したが、またしても翌日、動かないとのクレーム。これが欠陥商品ではなく、アリの仕業とわかったことがある。毎日のように交換しても、アリにいわせれば、「また、新しい餌が来た!」と、大歓迎なわけだろう。
電話機にしても、アリの標的から免れることはできない。家庭の電話機では聞いたことがないが、公衆電話でたまたまアリの寄りつきやすい場所にあると、たちまちアリが侵入して通話不能になる。修理しても修理しても、1日ともたなかった、という話しがあるほどである。こういう通信関係では、非常災害用の放送設備もアリにやられやすい。農村あたりでは、柱の上にスピーカーと受信機がセットされているが、そっくりアリの巣になっていた例は少なくない。
昔の原始的な機械と違って、最新のエレクトロニクス製品ほどアリに弱いが、いちばん心配なのはコンピュータである。あの「85ユつくば科学博」でも、いちばん懸念されたのがアリの被害であった。科学博はコンピュータによって運営されたようなものだが、なにしろ会場は筑波山麓の原野や農地だから、アリはたくさんいる。そこで、開会前からアリ防御に万全を期したから、何の故障もなく運営できたのであった。
企業や官庁などの大型コンピュータは、建物のなかでも隔離されたコンピュータ室で、温度20度(プラス、マイナス2-3度)、湿度50パーセントというような条件下で、厳重に管理されている。まず、アリの這い入る隙間もないようだが、絶対にない、とはいえないかもしれない。むしろ、アリにとっては一年中棲みやすい環境にある。
今後、コンピュータがますます小型化して、どこの事務所や家庭にも置かれるようになると、先に述べた時計や冷蔵庫のように、アリによる被害があちこちに発生することは、十分に考えられることである。
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アリが畑や森の害虫駆除に役立つことも
アリの害についていろいろ紹介したが、このことから「アリは害虫である」と決めつけるわけにはいかない。われわれがよく目にするアリは、多くアブラムシと共生関係にあるので、間接的に植物に被害を与えていることになる。ところが、逆に植物にとっての大害虫を退治してくれるアリもいるのである。
和名がないので「ヨーロッパアカヤマアリ」といっておくが、ヨーロッパに棲む大形のアカヤマアリがいる。その巣は人間の背丈ほどもあるが、うっかり近づくと危険だ。現地の人たちにも「危険なアリ」とされている。というのは、外敵と見るや腹を持ち上げて、その先端から糸のように蟻酸を噴射する。小さな体だが、10センチから15センチ先の目標にまでひっかける威力がある。
もし、顔を近づけていて、蟻酸が目に入ったりしたら、とんでもないことになる。蟻酸が腐蝕性の強いものであることは、別のところでも述べたが、こういうアリを私たちは素手で扱っていて(数を勘定するために)手がただれてしまったこともある。その日は何ともなくても、明くる日に手の皮がペロッとむけるのだから、始末が悪い。
だが、このアカヤマアリの種類は雑食性で、森林の害虫をたくさん食べてくれる。ヨーロッパでは保護をして、よそからわざわざ移植するほどで、その点、東南アジアのツムギアリ同様、害虫駆除の功績を買われているわけである。韓国の山は松が多いが、エゾアカヤマアリがいると、マツクイムシなどによる被害が少ない・・・・・・と、これは韓国の学者が調査をして報告している。
エゾアカヤマアリは寒冷地帯のアリで、北海道なら平地にも棲んでいる。昆虫と限らず、動植物は南に行くほど種類が多いが、北では少ない。種類は少ない代わりに数は多く、時として大発生することがある。戦前の樺太(現在のサハリン)では、マツケムシが大発生して、山に入ると、マツケムシの葉を食う音が、にわか雨のように「ザーッ」聞こえた、という話しも伝わっている。
暖かい地方では、捕食者、寄生者、競争者といった天敵が多く、生物の世界は自然に淘汰され、1種類が異常に発生することは、ごくまれである。樺太のような寒い地方では、マツケムシの天敵となるハチ、ハエ、クモといった虫が少ないから、エゾアカヤマアリを放してやると、大発生をかなり抑えられるかもしれない。むろん、小鳥などの働きも必要であるが・・・・・・。
南のほうに行って、インドネシアには、害虫を盛んに攻撃するフタコブルリアリというのがあり。体長3ミリ程度の小さなアリで、黒いので、インドネシアの人は「黒アリ」と呼んでいる。このアリが農場や森林に有益なことは、インドネシアがオランダの植民地だった時代から知られていて、農場に「黒アリを大切に」という看板を掲げていた。昔はアリをよそから移植することまでやっていたようだ。
先年、私がインドネシアのロンボック島に行ったとき、日本でいえば労働組合の事務所にあたる建物に、アリの絵を描いた黄色い看板がかけてあった。それには「黒アリのように働こう!」と、生産性向上を訴えるスローガンが書き添えられていた。この文句には、ただ「熱心に」だけでなく、「効果を挙げるように」という意味がこめられているのかもしれない。
ロンボック島の看板(左上にクロアリの絵が描いてある) |
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女性器の改造や外科手術にアリを使う
現代では、男女とも顔だけでなく、全体のスタイルとかプロポーションがよくないと、もてないようである。ところが、人体の一部をわざわざ奇形にして、それが美しい、という民族もいる。古い中国の「纏足」は有名で、幼い女の子の足を布で固くしばって発育を妨げ、大人になっても小さな足でヨチヨチ歩きをするのが、“美人”とされた。大きな(正常な)足の女は、いくら顔が美しくても、玉の輿は望めなかったそうだが、現代人の常識からすれば奇怪な話である。
現代でも、未開民族のあいだでは、首に輪をはめて伸ばしたり、くちびるに金属を入れて突き出したりして“美人”をつくっているのがある。首が長ければ長いほど、くちびるが突き出していればいるほど、美しさの象徴とされているからだが、なかには女性器を変形させる民族もいるのには驚く。
日本人の観光客に人気のあるグアム島・・・・・・その先には無数の小さな島々が太平洋に点在し、ミクロネシアと総称しているが、その赤道以北の諸島は、かって日本の委任統治領だった。いわゆる「南洋」で、今は独立のミクロネシア連邦となっているが、思いがけなく日本語が通じるところもあるらしい。その南洋時代、ミクロネシアのパラオ諸島やトラック諸島に行った人の話によると、アリを使って女性器の“改造”をしていたという。
中近東では、女性にあまり性感を与えないためにクリトリスを除く例もあるそうだが、ここではクリトリスと小陰唇を大きく、長くさせる。アギトアリの種類に何回となく咬ませて、早くいえば、その部分を腫れさせるのであろう。肥大した女性器に美を感じるのか、あるいは別の意味があるのか、そこら辺はよくわからない。アフリカのホッテントット族も、同じことをやっていたようである。
もっとも世界的に広く、古くから行われていたのは、アリによる外科的縫合である。切傷をぴったりと合わせ、それをアリに食いつかせる。アリは食いついたら死んでも放さないから、胴体はもぎって捨て、傷口が癒着するのを待つ。記録では紀元前1千年ごろから行われていて、ごく最近までアジア、アフリカ、南米の一部で実際にやっていた、という。ずいぶん野蛮なやり方に見えるが、最近の外科手術では、傷口をホチキスのような器具で縫合している。昔のように針と糸で縫合するより、傷口がきれいにふさがるからである。ホチキスとアリは同じ原理で、ただ消毒面でどうか、と思われるだけのことだ。
現代の東京でも、ミツバチに刺させて治療するところがあり、リュウマチ、神経痛に効くと、かなりの“信者”がいるらしい。医学が進歩しなかった昔なら、こういう刺激療法を考えないはずはなく、刺すと痛いアリを使って、リュウマチや神経痛の民間療法を行った例はいくらもある。また、アリをすりつぶして患部につけたり、また“アリ風呂”というのもある。アリをたくさんいれてお湯をわかして入浴するのだが、これも刺激療法の一つである。
アリ風呂などというと、ひどく変わったものに聞こえるが、われわれにも現にショウブの葉やユズを入れた風呂に入っているし、人気の入浴剤にしても、植物や果物の香りがついている。こういう香りをかぐことにより、気分的にリラックスして、その香りの成分が健康増進に多少なりとも役立つ。アリ風呂の場合は、あまり快適なにおいではなかろうが、そのにおいに効果を期待したのだろう。
アリに薬効があったとしても、ごく小さな虫だから、採集して薬品を大量生産するには至らなかったが、戦前のドイツでは、薬局でアカアリの繭などを売っていた、とかってのドイツに遊学した人から聞いたことがある。
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アリをご馳走として食べる人びと
信州の「昆虫食」は全国でも有名で、よそでも食べるイナゴのほか、蜂の子(クロスズメバチの幼虫や蛹)、カイコの蛹、セミの幼虫、ざざ虫など、17種類が食用にされているという。ざざ虫は「川がザーザー流れる場所にいる虫」のことで、トビケラ、マゴタロウムシ、アオムシなどの幼虫の総称。要するに、小さな芋虫である。蜂の子にしても蛆(うじ)だから、他県の人は「信州人の悪食(あくじき)」といってひやかす。
蜂の子は、古く『万葉集』にも出ているそうだが、動物性蛋白質に乏しい信州では、昆虫食は貴重な供給源だったのである。蜂の子の蛋白質は缶詰めのでも15.7グラム(100グラムあたり)、イナゴの佃煮で22.5グラム(『四訂日本食品標準成分表』による)、これは牛肉や豚肉の蛋白質に相当する量で、栄養補給にかなり貢献していることがわかる。
この信州で、アリの缶詰めをつくって、アメリカへ輸出している。アメリカの業者の要望で製造しているらしいが、国内では売られていないところを見ると、たぶん食品として認可されていないからであろう。私も試食したことはあるが、味は佃煮のアミ(ごく微小なエビの種類)に似ていて、酸味が少し残っている、とでもいおうか。
このアリは、枯葉で塚をつくるアカヤマアリで、採集するのに小枝がたくさんあるホウキ草で巣をたたく。すると、おこったアリがホウキ草にワーッとばかりにたかるのを、一網打尽に捕まえ、ボイルしたうえ、油炒めして調味するようである。アリを取ってきて自分で料理してみよう、という物好きはめったにいないと思うが、ご参考までにいっておくと、必ずボイルすることだ。アリに含まれる蟻酸は、すこぶる腐食性の強いもので、皮膚に水疱を生じさせるほどだから、口腔や胃腸の粘膜に深刻な影響を与えずにはおかない。だから、ボイルして除くわけである。
アカヤマアリの塚 |
だいぶ前の話だが、戦後の一時期に「アリチョコ」というアリ入りチョコレートもあった。アリをチョコレートで固めたもので、酸味があり、ちょっとオツな味だったのを記憶している。今でも香港に行くと、アリが1匹芯に入っているチョコボールを売っている。精力剤になるなどという人もいるが、効果のほどは疑わしい。
現代の日本では、アリなど食べる昆虫食は、好事家の珍味かもしれないが、絶えず食糧不足におびやかされている南米の奥地やアフリカあたりでは、大切な食べ物の一つになっている。南米の原住民インディオたちは、アリの幼虫をボイルしたり、唐辛子ソースで調味して食べる。ことにハキリアリの女王は小指の一節半ぐらいの大きさがあるから、食べごたえも十分で、珍重されている。
アフリカでは、シロアリが羽化するときをねらって大量に捕獲、翅を除いてから、炒めたり、蒸し焼きにして食べている種族もいる。また、北米やオーストラリアの砂漠のような乾燥地帯では、腹に蜜をたくわえているミツアリが貴重な食糧になっている。このミツアリは腹が小粒のブドウぐらいあり、原住民にとっては、最高の珍味であるらしい。5メートルも巣を掘って捜し出すそうだから、彼らにとっては、よほど魅力的なものに違いない。
また、タイでは、地方の町の市場で、アリの幼虫や蛹を売っているのを見たことがある。むろん、食料品としてだが、インドネシアの市場で売っていたのは、鶏の餌用だった。東南アジアでは、害虫駆除用に生きたアリを売って歩く行商人もいるが、それについては別項で述べた。
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アリの体から生えるキノコ「アリタケ」
自然界の生物は、つねに多くの天敵にさらされているが、またそれによってバランスが保たれている。むろん、アリも例外ではなく、アリをねらう動物、植物、病原体(細菌、カビ、ウイルス)などがいる。それでなくても、だいたいアリの巣は生活環境がいいとはいえない。巣はかなり長期間使ううえ、いつも餌の食べカスが残っているから、どうしてもカビが生えやすい。土のなかにつくった巣なら、土そのものにさまざまな病原体がいるし、巣内の温度、湿度とも高いので、菌やカビが繁殖しやすい条件が揃っている。
ところが、最近の研究によれば、アリの胸部の後ろに分泌腺があって、そこから菌やカビの増殖を防ぐ物質を分泌していることがわかった。だから、そのコロニーのアリが元気で活動している巣では、ほとんど菌やカビに犯されていることはない。それが、何かの理由で女王アリがいなくなり、働きアリが働く意欲を失って細々と生活しているような巣では、元の巣室などはカビだらけで、辛うじて働きアリがいる場所だけが正常な状態・・・・・・というようなケースは、巣を掘ってみても何回となく確かめられたことである。菌やカビのほかに、アリ自身に病気をもたらすウイルスの存在も考えられるが、こういういろいろな病原体について、正直なところ、アリの研究者も手が廻りかねている現状である。
漢方薬で不老長生の精力剤として珍重するキノコ「冬虫夏草」は昆虫に寄生して、その寄主の死体からヒョロヒョロとした子実体を出す。アリが寄主となったものが「アリタケ」で、地中のアリの死体から、キノコに相当する子実体が地上に伸びている。アリは小さな昆虫だから、キノコも大きいものではない。これが女王アリによく見つかるのは、結婚飛行で地面に下り、穴を掘って巣づくりをしようとする段階で、キノコの胞子に寄生されるのであろう。女王アリは体も大きく、産卵に備えて栄養も十分だから、キノコが寄生するには好条件なわけである。外国からの報告では、冬虫夏草よりずっと小さいラブールベニア菌というアリに寄生するキノコがある。この菌は日本にもあり、何種類かの昆虫に寄生していることが認められているが、まだアリに関しては未発表である。この菌の場合は、アリの生きている体に寄生しているのが特徴である。
天敵には「捕食者」があるが、これは直接アリを捕まえて食べる動物のことである。とにかくアリはコロニーという多数の集団をつくっているから、捕食する側としては、こんな都合のいい対象はない。北海道大学の博物館に行くと、ヒグマの胃中から出て来たアリがガラス瓶に入れて展示されているが、その量たるや膨大なもので、ちょっと大きな鍋に一杯分はありそうである。北海道の主なアリはエゾアカヤマアリだが、これは塚状の巣をつくって、そこに数万匹も棲息している。その巣をクマが襲い、恐るべきあの腕力でたたきこわす。怒ったアリがワッとばかりに手にたかるのを、手の甲に上がって来たアリだけを片っぱしから食べる。掌のほうは土で汚れているから食べない、といったふうにクマもなかなか利口である。
また、クマにとってつごうがいいのは、エゾアカヤマアリの巣はいくつか固まってあることである。どんな種類のアリも条件のよい場所に巣をつくるのは当然だが、このアリは林の開けた明るい土地を選んで、団地のように塚の集団が見られることが多い。だから、あんな大きなクマの食欲を満たすのは訳もないはずだ。クマがアリを好むのは、ツキノワグマの例でご紹介しておいたが、、ヒグマはサケを取っても頭や腹の部分しか食わない、というように“美食家”らしい。やはりアリはなかなかの珍味なのだろう。
クマは雑食性で、アリ以外に何でも食べているが、ほとんどアリばかり餌にしている「蟻食動物」がいる。そのなかで有名なのは、中南米に棲息するアリクイ(オオアリクイ、コアリクイ、ヒメアリクイ)で、草原や森林にいるアリ、シロアリの巣をねらう。細長い円筒形の口には歯がなく、長い舌を出して、唾液にアリやシロアリをからめ取って飲み込む。東洋では、ヒマラヤから中国南部、東南アジア、台湾にかけて棲むセンザンコウ(穿山甲)が知られている。骨のような鱗におおわれ、強敵に遭うと体を丸めて身を守る珍獣である。これもアリやシロアリを巣からなめ取るため、口から突き出した舌が30センチもある。
オーストラリアを中心に棲息するハリモグラは、卵生の原始的な哺乳類だが、アリやシロアリを好んで食べる。やはりアリを食べやすいように舌が長いのが特徴である。こういう蟻食動物は、現在では数がきわめて少なくなったが、原始時代にはかなり棲息していたに違いない。アリのほうもそれに対応して、防御のために鋭いトゲを備えたり、跳躍したりするなどの進化した種類が、蟻食動物のいる地域では見られる。
その名もアリスイと呼ぶキツツキ科の鳥がいる。ほかのキツツキやアカゲラなども、よくアリを食べるし、またアリスイもアリ以外に虫や幼虫を食べるが、アリを吸い取るように捕食するところから、特に有名になった。舌が長く、小さな穴から差し込んで、舌にからみつくアリをどんどん食べてしまう。この鳥の内容物を調べたことがあるが、小形の鳥としては、アリの種類、量とも多いのに驚いたほどであった。
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アリジゴクから回虫まで天敵さまざま
一見、平和そうな昆虫達も弱肉強食の世界で、アリを餌としてねらう昆虫は多い。有名なのはウスバカゲロウの幼虫アリジゴクで、すり鉢状の罠をつくって待ち構えている。すり鉢の斜面はサラサラした砂なので、落ち込んだアリが這い上がれずにもがいていると、底にひそんでいたアリジゴクが現れ、大あごでがっちり捕まえてしまう。その大あごと小あごはいっしょになっていてパイプと同様だから、体液をたちまち吸い取ってしまう。アリ以外の小昆虫も餌にするが、甲虫類などは硬すぎるので、あまり食べないようである。このアリジゴクの罠(巣)は、よく民家の軒下あたりでも見られたが、今は少なくなったようだ。
アリを襲う昆虫では、カメムシの仲間のサシガメがある。ことにヤニサシガメというのは背中に粘液を分泌し、木の葉をくっつけて歩いている。一種のカモフラージュだろうが、時にアリの死骸がくっついているのを見ることもある。カメムシの種類だから凶暴ではないが、アリを捕まえると口吻(こうふん)を突き刺し、体液を吸う。背中のアリは、その犠牲にしたアリかどうかはわからないが・・・・・・。
クモはアリにとって油断のできない天敵である。クモの種類によっては、アリの巣の近くにひそんでいて、パッと飛びかかるのもいるし、外国の例では、アリの通り道に糸を張って待ち構えているクモもいる。なかにはアリと共生関係に近いクモもあるようだが、遺憾ながらアリとクモの関係は研究が進んでいない。われわれのアリの研究者としては、アリの巣の周辺にクモがうろうろしていたとしても、アリの調査が先決だから、そのクモに感心を払わないし、クモについての知識に乏しい。逆に、クモの研究者の側も同じような事情に違いない。しかし、アリとクモの関係は、将来おもしろい研究課題ではあろう。
アリを捕食する天敵の一つに、アリがある。アリは同じコロニーの仲間うちでは、めったに争うこともなく、きわめて協調的で仲がいいが、種類が違えば、縄張り(テリトリー)や餌捜しをめぐって殺し合いが起こる。だが、これは戦争で、敵を倒したからといって食べてしまうわけではない。ところが、「クビレハリアリ」のように、ほかのアリの巣を襲撃して、幼虫を餌にするアリもいる。巣を襲うアリではサムライアリがあって、堂々と隊伍を組んで行き、繭や幼虫を奪うのだが、これはあくまで奴隷として使役するためである。クビレハリアリは行列をつくって押しかけるところは似ているが、こちらは食糧にするのが目的である。
アリがほかのアリにねらわれやすいのは、結婚飛行のシーズンである。雄アリは一生に一度の交尾のために生きているようなものだから、バタバタと地上に落ちてしまう、何の抵抗力もなく、ほかのアリから見れば絶好のカモに違いない。また、バイタリティあふれる女王アリにしても、結婚飛行後はかしずく家来もなく、ひとりでうろうろと巣穴になる場所を捜しているから、これもねらわれる確立は高い。
天敵のもう一つは「寄生者」で、先に述べたキノコ類も、植物体の寄生者である。昆虫に寄生する昆虫では、小さなハチ、ハエの種類が多い。寄生バチは、アリの蛹を開いて見ると、なかはハチの蛹や幼虫だったりすることが時たまある。日本では寄生バチにやられる割合は少ないが、国によっては、その確率がかなり高い場合もある。寄生バエのほうは、ハチと同じく小さなもので、なかにはアリの幼虫より小さいものもある。ハチにしてもハエにしても、アリの巣にまで侵入して卵を産みつけるわけにはいかない。巣の外に出ているアリや、アリが運んでいる卵に素早く産みつける。変わっているのはアリヤドリコバチで、樹上の木の芽などに卵を産みつけ、孵化した幼虫が通りかかったアリに飛び乗って巣まで運ばれる。巣内で幼虫に寄生し、それを食いながら成長する。
アリを解剖していて、ときどき寄生虫を発見することがあるが、人間でいえば、回虫とか十二指腸虫のたぐいの線虫類である。小さなアリの体内に寄生しているほどだから、顕微鏡でないと見えないが、こういう線虫類も直接、間接にアリの健康を冒していることになろう。
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アリの最大の天敵はニンゲンである
アリのように社会性を持って生活している昆虫は、ほかの昆虫や動物から見れば無尽蔵の宝庫で、良くも悪くもこれを利用しない手はない。アリクイとかアリスイなどは、一度にたくさん捕食できるように、ああいう細長い舌を持つまでに、長い期間かかって進化したものであろう。
進化するといっても、すべてがアリの天敵になるのではなく、友好的な共生関係でいくのがある。アリの好むような甘い蜜を分泌して与える代わりに、自分を(なかには自分の子も)養ってもらおうというもの。これはフィフティ・フィフティではなく、たいていアリが利用されている形である。もう一つは、アリの巣のなかにまでまぎれ込み、餌のおこぼれにありついたり、時には横取りするずうずうしいやつ。そして、アリにとっては天敵となる捕食者。この3つを「好蟻性昆虫(動物)」と呼ぶことは、別のところでもちょっと触れている。
どうもアリにとっては、相手から“好まれる”のは損をする場合が多いようであるが、『イソップ物語』のアリほどシビアではないらしい。この好蟻性昆虫(動物)の生態はなかなか興味深いので、もう80年以上も昔、ヨーロッパでワイズマンというカトリック神父が熱心に研究して以来、多くの研究者が登場している。日本では、残念ながら研究者は少ないようだが、新種は次々と発見されているから、大いに期待したいところである。
ところで、いろいろな天敵を紹介したが、アリにとって最大の天敵は、特に現代の日本においてはニンゲン以外にない。・・・・・・アリはどこにでも、いつでも見つかる昆虫のようであるが、棲んでいる場所は大きく2つに分けられる。一つは、草原や畑などの日あたりのよい場所、もう一つは、林や森などの地面に日がささない場所である。
これまで草原や畑だったところがつぶされ、住宅団地が建設されて、ほとんどコンクリートで固められてしまったら、アリの巣は全滅させられてしまうのは当然である。森林も伐採されれば、それまで棲んでいたアリは、これまた全滅の運命をたどるしかない。かって首都圏の武蔵野には、あちこちに雑木林があって、昆虫たちの天国であった。そこには、アリだけでも50種類ぐらいはいたが、林が伐採されると30種類は棲息できなくなる。残る20種類に、やがてよそから新しく侵入して来て、合計して30種類ぐらいが棲める環境には回復する。しかし、これは木が伐採され、日あたりのよい空地になってしまった、というケースでの話である。
日本は海岸線の長い国だが、関東以南の太平洋岸では、常緑の広葉樹林が海岸にまで迫り、冬でも暖かい。こういう海岸沿いに、熱帯起源のアリが何千年も何万年もかかって北上して来たわけである。だが、アリにとっては、ここわずか30-40年で、そういう環境はほとんど失われてしまった。東京から東海道線に乗って、80数キロの小田原あたりまでは、自然の海岸というものが、ほとんど消滅している。埋立地、コンビナート、高速道路に変貌し、住宅地でさえわずかになっている。ことわざに「アリの這い出る隙間もない」というが、これでは「這い入る隙間」もない。
樹林どころか、ひところは子どもたちの遊び場だった街の原っぱさえなくなってしまった。アリはその巣のある土地から一歩も動けないように見えるが、結婚飛行により、離れたところに新天地を築くことができる。自然の草原や森林が人間によって開発され、虫食い状態のようになったとしても、開発のためにいなくなった同じ種類のアリが、どこからか飛んできて生活するようになる。しかし、開発がどんどん進んで、自然がポツンポツンと離れ小島のように残るだけとなると、そう何キロも何十キロも先からは飛んでこられるはずはない。
アリに限らず生物の種は流動的で、ごく自然な土地でも、ある種が急激に増えたり減ったり、時には絶滅したり、決して安定はしていない。これが熱帯地方に行くと極端で、去年にはそこにもここにも何種類かのアリがたくさんいたのに、今年はそれこそ影も形もない、ということがよくある。それでも、長い間には平均化した安定が見られるのである。だから、乱開発の申訳みたいに、わずかばかりの緑を残しても、植物はまだいいが、動物層はまったく貧弱な状態になってしまう。本来、自然林を保護しようと思うなら、むやみに人を入れないようにしなければならない。アリの立場からいえば、大勢の人にドカドカ土を踏まれたのでは、生活できなくなってしまうからである。
生物学のほうでは、ある種類の生物がどのくらい棲息しているか、を示すのに生存量(バイオマス)で示す。トラやライオンのような動物なら、何平方キロメートルに1頭、いうぐあいが、アリはどれだけの面積に1匹とはいかない。そこで、1平方メートル当りの目方でいく。関東地方でいうと、よほど生活条件のいいところで、1平方メートル当り1グラム、平均0.2グラムぐらいである。この0.2グラムは、小さなアリなら40-50匹、大きなアリなら3匹程度だろう。だからといって、関東地方のどんな場所にでも、1平方メートル当り0.2グラムのアリがいるわけではない。これはアリが棲息できる環境での数字である。
これに対して人間は、私の住んでいる神奈川県でいえば、大まかだが1平方メートル当り7グラム。アリやミミズは生物としては生存量は圧倒的に多いほうなのだが、とても人間にはかなわない。なんといっても、人間はあまりにも過剰なのである。つまり、それだけほかの生物の生活圏を圧迫していることになる。
人間が原始時代のように、自分の住んでいる周辺から、狩猟、漁撈、農耕によって食糧を得ていたころは、おのずと人数は限られていた。縄文・弥生時代の関東地方の人口は、1平方キロ当り約3人だったという。ところが、流通機構が発達すると、全国、いや世界のどこからでも食糧が運ばれて来て、人間は密集していても生きていくことができる。日本などは食糧自給率が低くて心配なぐらいだが、こういう国で自然保護を唱えるのは簡単ながら、実行はなかなかむずかしい。たとえ多少は土地の私権制限をするなどしても、自然との調和を考えなければならない段階に来ているのではないだろうか。
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